私にとっては数ヶ月ぶりのオフ会だった。和民で、初めて会う人もいたけれど、ようやく打ち解けてきた気がしはじめたころ、それなのに、みんなが終電の時間を気にしはじめたころ、
「あ、BLの話しましょう、BL。あれでちょっと言いたいことあるんですよ、僕」
さっきまで静かだった彼が、いきなり大声で喋りはじめる。ただ、それだけの話。
「……なんか僕、すいません、ああいうの読んだことなくて。うん、なかったから、最近たまたま機会があってちょっと読んでみたんですよ。でまあ、ちょっと読んでみただけでこんなこと言ったら、それが好きな人なんかにゃ怒られるかもしれないんですけど、ね。なんかね、なんかちょっと違うんじゃないかと思っちゃったんですよね、読んでみて。だからちょっと言わせてください」
それだけの話。
「えーと……いきなり言っちゃうとですね、僕、やっぱ納得いかなかったんです。僕も男の子が好きだったことが……」
えっ?
「好きだったことが、あるから。その、許せないっていうか、やめてほしいっていうか、そう思っちゃったっていう。そういう話なんです。すいませんいきなり。いや、その、僕の話、恋愛とかどうこうじゃなかったんですけど、それでもね、だからこそ、ちょっと違和感があるというか。……あ!いや!そんな、やめてください。キャー!とか言う話じゃないですって!ね!えーと、だから、男が好き……だったけど、あんなふうじゃなかったっていうか。だから、あれって、アレだよなってのが、こないだからずっと、頭から離れないんですよ」
「……いや、そんなたいした話じゃないんですよ、ほんとに。どこから話そうかな。
そうだ……えーと、言いにくいな、あんまり気にしないで聞いてほしいんですけど、僕、中学生のころ、いじめられてたことがあって。……うーん、いや、いろいろネットで話聞いたりする限りじゃたいしたことない部類に入るくらいのものなんですけど。イジられてる、のエスカレートしたアレっていうか。つまりまあ、珍しいことじゃないんだろうけど、まあ、ほんと辛かった時期があるんですよ。まともに僕の話聞いてもらえないっていうか、露骨に無視されてたっていうか。いやほんと、よくある話で。だからほんと、今はもう気にしてないんですけど。まあオナニー実演させられたとか!ちょっと変な写真とメールをクラス内で回されたとか!そんな感じもあったけど、あー、うん、だから無視されてるだけじゃなかったな、ごめんなさい。……あ、そうそう、早く果てることで有名だったんですよ僕。だから見せろって言われたっていう。
……ま、それはともかく、そんなことがあったけど激しかったのは最初の一年くらいで、あとは相手にしてもらえないだけっていう。その頃にはもうさすがに、相手にしてもらおうとかそういうことハナから考えなくなってたから良かったっちゃ良かったんですよ。たまにキモイとか言われるくらいで。それだけなんですけど。……あーくそ、思い出したらちょっと泣きそうになってきた。まあいいや、そのへんの話は今日はあんまり関係ないっすね。
それでまあ、友達だなんて言える奴がいなくなるわけですよ。休み時間が来るの辛いなーとか、そういうこと、まあ、思うじゃないですか。そこで、ですよ。一人だけね、僕のこと、かまってくれた奴がいて」
「……つまりそいつの話なんですよ。好きだったってのは。うん。あのー、スクールカーストってあるじゃないですか。それだと上から二番目くらいのグループに来る感じだったんですけどね、あいつ。僕の学校すごい人数少なかったからそんなたいしたカーストじゃなかったですけど。まあそいつがね、なんだろ、ちょっと上手く言えないんですけど、そいつだけ、そういうの関係なく普通に一緒に帰ってくれたりして。別に何があったってわけじゃないんですよ。ほんとそれだけで。いや、同じような目に遭った人なら分かってくれると思うんですけど、っていうか、分かってもらえなくてもいいんですけど。すくなくとも僕は、そのときだけはすこし、楽になれたんですよ。具体的に何かしてくれたとか、そういうんじゃなかったんですけどね。
……そういやなんであいつ僕と付き合っててハブられたりしなかったんだろうとは思うんですけど、なんか、まああいつはそういう奴だからって感じだったのかな。そんな別に、いい奴で通ってたとかじゃなくて。うん。特別大人だったとかそういうわけでもなかったし。なんだろ、分かんないですけど。まあでも、そういう奴がいてですね。たぶん……有り体に言えば……僕は……そいつのことが……好き……だったん、ですよ。
……うわ、自分で言っててすごい嫌な話みたいな気がしてきた。なにが『普通に接してくれた奴がいた』だよな。どこのヤンキー漫画だって話ですよ。べつにいい話みたいな感じじゃないんですよ、ほんと。ただの状況説明なんですからねこれ。なんで好きになったかっていうことの、ね。
べつにね、当たり前のことなんだと思うんですよ。そりゃ嬉しいし。嬉しいから、そいつには恋愛感情とかじゃなくてね、好意を持つ。当たり前のことですよね。でも、僕にはそれ、あいつだけだったんですよ」
「……えーと、あー、そのあとの話しましょうか、いちおう。うん。つっても、中学のあいだだってもちろんね、ホモセックスがあったとか、そういうことなわけないですし、高校入ってからは普通に友達として付き合ってたってだけの話ですけどね。高校のときは、いじめられてたとか、なかったんですよ僕。そいつとは同じ高校だったんですけど。なんていうか、ワンオブゼムな感じでしたよ。友達の。大学行ってから疎遠になっちゃったけど。つまり、ほんと、普通の、いい友達だったんですよね、今じゃもう連絡とることもないような、よくいる友達で。なんにもない。今にして思えばほんとに、普通の友達だったんですよ。
でもなんていうか、そのとき、中学生のときだけ、あいつと僕との関係ってのが、まあちょっと言い方悪いかもしれないですけど、高尚なものに思えた?っていうか。尊敬してたっていうか?輝いてた……って言うとおかしいですけど……。うん。すっごい大事な思い出なんですよね。だから、なんていうか、そこに恋愛みたいな甘っちょろいのが入り込むってのが、許せないとか思っちゃった、のかな」
「……ああ、でもそう、そういえば、性的なこと、ちょっとあったのかな。いや、性的な気持ちを持っちゃった、くらいの意味なんですけど。あいつがどう思ってたかはよく分からないんだけど。このことがあるせいでもあるのかな、こんなこと思っちゃうのは。うん。ほんと、これも別に、たぶん普通のことなんですよ。誰にでもある話で。えーと、また言い訳してますね僕。うん、えーと。僕ね、小中高と通して、自分ちに人とか呼んだこと、数えるほどしかなくて、そのうちの一回がその、中一の冬くらいにあったんですね。っていうか、中学生のころはその一回だけだったんですけど。とにかく、あいつがいっぺんだけうちに来たことがあったんですよ。まあ結局一回きりだったんですけどね。なんか、たしか休んだ日にプリント届けてくれたときだったかな。もう治ってたし、ちょっと貸したいゲームがあったから僕の部屋に呼んだんですよ。あー、あの頃はPS1でしたね。あ、いやいや、そんな、若っけえなあみたいな顔しないでくださいよ!……じゃなくて、ちょっと生々しい話になるんですけどいいですか?……あっ、なんかそんな、別に気にしないぜ的な態度とられると余計に恥ずかしくなってくるからやめてくださいよ!……無駄にハードル上げた感ありますね。いや、まあいいや、まあそんなことはどうでもいいんです、べつにあとでポストしてくれてもいい程度の生々しさなんですけど」
「……なんかね、そのときのことって、ちょっと動転してたのかはっきり思い出せないんですけど、たしか僕の部屋に来て、俺屍だったかな、渡して、あ、貸したいゲームってそれですね、それで、その後、『トイレ行ってくるわ』とかなんとかで僕が部屋を出てこうとしたときに……部屋が汚かったっていうか、ほんと散らかってたもんだから、うん、その頃よくあったことなんですけど、つまづいちゃって。電気消えちゃったんですよ。スイッチにぶつかって、切れちゃって。
ほんと一瞬で、すぐ『あーごめんごめん』って点けたんですけど、なんか、なんていうか、そのときに僕、点けるのを躊躇ってた、んですよね。躊躇っちゃったんですよ。
……あー、けっこう思い出してきた。
うん、たしかにその時、あいつと、なんかこう、性的なこと?するの、想像しましたよ。二、三秒くらいだったけど、最初から、なんていうのかな、その、最後まで。全部。まあ、俺が攻めだったんですけど。ああ、うん、それがすごく嫌で」
「……あ、いや、男とそういうことするのが、まあつまり、ホモだってことがじゃないんですよ。ていうよりも、そこでプラトニックになりきれてなかった自分が嫌だったんですよ。なんか、中学生くらいのときって、すごく性的なものを忌避するところあるじゃないですか。ないですか?中二病っていうか。……あ、僕の知り合いに、中学生のころオナニーを一切断っていたって人がいて、それでこじらせたとか、そんなこと言ってました。そう、そんな感じで。
だから、好きだったんですよ、きっと、確かに。その時にはもう。で、好きだから、性的なことを介在させちゃったのがすごくショックで。いや、そのとき普通に、って、あー、この文脈で『普通に』とか言うとすごく語弊があるんですけど、そのときは別に好きな女の子とかいたんですよ。いやもちろん片思いっていうか、僕がいじめられてたのを傍観してたような子で、今となっちゃあんなのクソみたいな気がしてるんですけど、あのときは好きだった女の子がいて。その子にはやっぱ欲情してて、でもそれについては、その、その子に欲情することについては自然なことのように思えてたんですね。つまり、そっちは、まあ、忌避しつつも、嫌悪って感じじゃなかったんですよ。
でもあいつの場合は違ってたんですよね。それ自体がいけないことだと思ったんですよ。いや、そう言うと、すごく同性愛への禁忌っぽく誤解されちゃうかもしれないんですけど、ほんと、そうじゃなくて。もっと大事なものだったんですよ、なんていうか、あいつへの想い?……うわ、安っぽくなっちゃった。まあさっきからずっと安っぽいか。いやでもとにかく、そうとしか言いようが無いんですよね。あいつへの想い。いいですよそれでもう。想像の『そう』の字で『想い』ですよ。あいつへの想い。三回言いましたね僕。うわ……恥ずかしい……」
「……うん。あれ、なんだったんでしょうね」
「……だから、すごい、すごい変なところで、男に対するそういう感情ってのが止まっちゃってる感じあるんですよね。もしあれから、男に対するそれ、っていうか、つまり、恋愛感情みたいなのが、中二っぽい非・性愛的な指向ってのを脱してたらって思うと、ああ、普通にあいつのこと愛せたのかもしれないなあ、とか。なんか、綺麗に見ちゃってるだけなのかもしれないけど、やっぱ、そう思っちゃうとこありますよね。なんだったんだろうって」
そこまで彼はまくし立て、それから黙りこんでしまった。あーあ。なんとなく気まずい雰囲気がして、やっと幹事さんが「じゃあそれは次回への宿題ってことで、みなさん次回までに考えてきましょうってことで。……じゃあそろそろ時間みたいですし、今日はお開きにしましょう」とかなんとか。あれでうまく閉めたつもりなんだろうか、もう彼は呼ばれないんじゃないかな、なんて、意地悪なことを思う。幹事さんがお金を集めはじめて、みんなが鞄を引っ張り出してる。
でも、彼はまだ顔を上げない。だから、
(なんだったんだろう、って)
私は、彼の隣に座って
(それは)
言ってやった。
(それは)
「それは立派に、ボーイズラブ、してたんですよ」
思春期の恋を忘れられないでいる、情けなくて、泣きたくなるくらい安っぽい。ただ、それだけの話、なんですよ。