つまり、世界というものには、各種設定によって、そこでは何ができるのかとういう制限が描き込まれているのだ。
―― Salen, K. & Zimmerman, E.: Rules of Play: Game Design Fundamentals, The MIT Press (2004). 山本貴光(訳):ルールズ・オブ・プレイ 下――ゲームデザインの基礎,ソフトバンク クリエイティブ(2013).
宿屋を配したのは街をみはらす丘のうえ。夜はふけ、さらに深く、家路をいそぐ人びとの影もとだえたころのこと。眼下にあかりはなく、轍だけをたよりにそこをめざす彼女。彼女はその瞬間に発生する――したことになる。盗み、殺されることになったのがその女。数フレームののちにはもう街を去り、川をこえ、暗い森の奥深くへと歩を進める。経過はすべて空想のなかにあり、計算のなかにはなく、わたしの時間のなかにもなかった。
――買いとってくれるという話だったよね。
――ええ……わたくしどもが持っていたはずのものがようやく本来の場所にもどってきただけ、それだけのことでこうして金銭のやりとりがうまれるのは本意ではないのですが、とはいえ手を汚していただいたのはたしかですから……やろうとおもえばだれにでもできるこんなことのために、わざわざ手を汚すような者がここにはおらず、しかたなくこうして……ということはわかってもらえればいいのですが……それにしても、こんなはした金のために、あなたはまた、どうして……
キャラクターの行動が言動が自然である不自然である、そういった話がされているのをわたしだってたしかに耳にはするし、ときには雑談程度に相談されたりもするものだから、そんなときは自分なりに、かつ適当に答えたりもしているが――だって、そんなことはわたしの仕事ではないんだから――いち消費者として気にしてしまうことはあって、ほんとうはそんな考えをうちけししたいとおもってさえいるのだけど、なかなかうまくいかなかったりする――わたし自身が自然な行動に自然な言動をできているんだろうか――わたしが、じゃあ、なんらかのキャラクターだったときに、不自然な行動に不自然な言動をしているなんて謗りをうける可能性は十分にあって、もちろんそれはわたしが悪いわけじゃなくて――そんなもの高次の製作者が悪いんです。
今夜だって家に帰って――小久保さんの承認欲求強情会がなけりゃの話だわ――風呂に入って、布団に入って、体力を回復して、明日をむかえて、朝食をとって、続く生活をさせられるだけで、それらに備える午後のひとときが今だった。
夜が明けまず声をあげるのは宿屋の主人。「どうしたことだ、絵がなくなっているじゃあないか!」、二階の廊下の奥で叫んでいるから、プレイヤーの分身たる彼らだって気がつくというもの。無視するわけにもいくまい。「どうしたんだい」と声をかければ、「ここにかけてあった絵が盗まれまして。あれはたいへんに由緒のある絵でしてね。わざわざあの絵を見にこの街までやってくるお客さまもいたくらいで。ああ……先祖代々うけついできた、たいせつな絵だったというのに」「それは困ったね、なにか心当たりはないのかい」、そしてはじまる主人の長広舌はバックログにたまってゆき、かえりみられることのないデータの積み重ねはだれの役に立つでもない――そうだよね? きみは読みたい? 読みたくないよね? 翻訳チームがうまくやれる形になっていればいいのですが、うちの状況だとそれも望めるものではありませんね。
そういえばこの絵は、川むこうにある森の奥、そこを根城にする教団の信者たちがほしがっていたという話を聞いたことがあります。いいや、まったくの言いがかりなんですけどね。じいさんの、そのまたじいさんの代からずっとうちにあるんですから。困ったもんですよ。もうずいぶんと昔のことになりますが、この絵をゆずってくれないかと言われたことがありました。もちろん門前払いにしてやりましたとも。やけに熱心でしたね。それをおもいだしてみれば、たしかにあの教団があやしくはあるのですが……いやはや、はっきりいたしません。どうにか確かめたほうがよさそうにおもいます、そして、望むらくはとりもどすところまで。とはいえさすがに、お客さまがたを置いたままわたしがここを離れるわけにもいきますまい。あなたは冒険者の方でしょう。どうかあの絵をさがし、とりかえしてはくれませんか。
決定的な分岐であり、選択肢が与えられれば「はい」と答えるのが人の情。そうでないならお降りください、ボタンはそこにありますよ。「どんな絵だったんですか」「望郷、と呼ばれておりまして……」、どこにもあんな風景はなく、だれの記憶にも木々はない。田園はない。川もない。それどころか記憶さえない、「望郷」と称されており――あってもなくてもいいのが望郷の情たればそれもありだと申されるか。現在どこにもなければ、過去どこにもなかった故郷に対して、心情もないのではありませんでしたか。すべての完全なる過去とすべての有り得る未来も、この世界のことはわたしたちの手もと――からちょっとはなれたサーバルーム――にあって――なにも考えず増やしたアセットが散逸しまくってそろそろ限界がきちゃってると思う――いいかげんこのあたりどうにかしてほしいんだけど、そんなこと言いだせば自分でなんとかしなきゃいけなくなるんだろうか、やっぱり――そこからひろがる想像さえないようにおもえる、実際のところはどうなのかわからない、設定していない、怠慢はプレイヤーの想像力でおぎなう、それがご褒美であって、とつぜん五十二万のひだひだが出現したりすればそのつじつまさえ合わせてくれる、と?
――では……この絵がもともとあなたたちの所有物だったというのも嘘だ、と?
――そうですね。端的に言ってだれのものでもなく……そもそもわれわれの世界を作ったのは……いや、わたくしどもの仲間でもないあなたにこんなことを言っても詮無いことでしょう。ともかくこの世界にはいくつも、ちょっと変わった、そんな出自を持つものがあって、それらを集めるのが、わたくしどものたいせつな使命のひとつなんですよ。もともとわたくしどもが持っていたというのは、表向きの話であると、そうご理解いただければ。
――まあ、理由はなんでもいいんだけど……そうなるとこの絵画って、たとえば、だれが描いたのか、どこを描いているのか、いつ描かれたのか、そういったこともわからないんだ。
――わからないというか……
モチーフの話をはじめれば、サトゥルヌスだってそこにはおらず――いや、こちらの世界にだっていないが――つまり、むしろ、いたことにもならず――ましてや子を食うような話があるわけでもなく、それで言えば、この設定資料じゃ洞窟壁画か抽象画くらいしかわたしには想像できないよ。でもそんなの、わたしたちの世界を反射させてみれば、それはずいぶん「まえ」か「あと」のことになるような気がする。たぶん。そうだよね? 漠然としたオーダーでありながらなじみぶかい世界だったからそれでいいやと気を抜いていたな。考えたこともなかった。こんど昼飯どきにでも北見さんにたずねてみるべきだろうか、サトゥルヌスいたんですかね?
と言ったところで、サトゥルヌスはたぶん、きっと、いないのだけど。イギリスにあった「故郷」を描いたなんとかって名前の、画家の、目線の、さきにあった――あるいは記憶の、さきにあった、想像の、さきにあった――ものがこの世界のどこかにもあるのであろう、それが自然であることが設定されているだけで、あきらかに矛盾しているわけでもないからいいのだろうか、であれば、「望郷」というタイトルを付ける必要さえないのだが「おれたちにも故郷がある。そのために立ち上がったんだ」、たぶん本当にあったことになってるんじゃないかな。
球体であるときっと想定されるであろう、たぶん、世界のすべてを示した図はなく、島とその近傍のみに限られるこの舞台、縮小されたワールドマップと彼らのあゆむフィールドマップのただふたつ、そのほかになんら縮尺のない世界なのだから、どこかから運ばれたものだとしてもよかったわけで、そういえば、島崎がどうしても入れたいって言うから入れたなんとかって名前の日本刀は、遠くの国からはるばる伝わってきたとかいうことにしたよね。交易があるのはいいことだ。自分の趣味をこっそり入れてくってのもいいことだ。それが多少のモチベーションになっているところは――正直なところあるよね。
だから、何か絵を入れておけという話になったとき、こうして「望郷」をえらんだのはわたしの趣味といえば趣味です。そうは言ったってちょうど雰囲気に合いそうな絵をおもいだしたからってだけで、そこからわざわざ探られたくもなくかといって探られたいわけでもない――モチベーションとあわせればりっぱに乙女のジレンマだ――腹を――股上の深い伸縮性の高いパンツで――かくすような細工をして指定するのもめんどうだっただけで、その絵が展示されている美術館はイギリスの片田舎にあるらしく、それをそのままWebにのっけてるのは現代っぽいなと心にのこっていたからで、それ以上のものでもそれ以下でもなく、じゃあ自分の地元にある市立美術館はどうだろうと昨日検索してみたが、そもそも公式サイトというものがなく、界隈で多少話題にのぼったらしい特別展のようすを伝えるブログがときどき引っかかる程度のものだった。こないだ帰省したときにおとうさんからそんなことを聞いた、ような気がする。するとパーティメンバーの一人が「それじゃあ、わたしたちでなんとかしてあげましょうよ」とかなんとか言ってクエストを引き受ける、彼女はとても心優しく、クエストログに書き込まれるも多生の縁。こちらに比べればそれほど多くもないここいらの生について言えば、すべてのモデルが新規に起こされたものではないということだ。
――われわれは「あれ」の都合で動かされているんだということを知らせたいんです。「あれ」というのがつまりわたくしどもがこうやって毎日ひざまずいているさきの者……者たちであるわけなんですが。
――まあ、信じようとはおもわないけど……そうだとして、かといって、たとえば「あれ」のやることなすことを止めようというのではないわけですよね。なんだか腹立たしいんだけど。
――止めることなんてできません、そもそも、「あれ」がなければわれわれはこうして動いていることだってなかったんですから。それをうけいれようと伝えたいだけなんです。そのために、この絵が必要だったんです。この絵だけじゃなく、ほら、あなたの後ろにあるふざけた格好の彫像もそうですし、ここに飾ってあるものたちはみんなそうです。それらと毎日こうしてすごすことによって認識を新たにしなければならないのですよ……
大規模な教団というか、世界宗教であるという設定ではなかなか難しいところなのだが、この規模の、となり村からいかにもあやしげな集団ですねとおもわれている程度であれば、世界の秘密を知っていると称すのはむしろ伝わりやすいようにもおもうわけです。そしてわたしは、話の都合でひどい目に遭わされることになっているキャラクターたちのことはわりと好きで、肩入れするというんじゃないな、自分で動いているキャラクターなんてどうしたって好きになれないのだった。ここで彼女への知識の注入がなしとげられる。話の流れからすればね、そりゃ、多少ここで殺伐と、プレイヤーの手を汚させておきたいというのはあったのだろうね。
――用心棒! そんなものまで買って出ていただいて。いや、わたくしどもとしてはねがったりかなったりではあるんですよ。これまでこうしてこの場所にとりもどされたさまざまな遺物たちを追って、ならずものたちが何度もやってきました。そのたびにわたくしどもがどれほど大変なおもいをしたか……いや、そんな話をしてもしかたありませんが、それにしても……
金を積まれただけんじゃないだろうかと思えば思え(ほんとうですか?)。買って出たとは考えづらいけどなあ。なにかあればすぐに金の話でごまかすのは北見さんの悪い癖だけど、このへんは大村さん担当だしな。キャラクターが勝手に動き出すなんてことは、大村さんに関していえば、ぜんぜんそんなものはなさそうにおもえるんです。いや、これだけかかわる人間がいるんだからそんなことされてもちょっと困るわけですが、それでも、おもいつきをひとつ作ってはそのいいわけをえんえんと並べ、それを続けりゃひとまず埋められるんだわって考えかたであって、言い訳に従事させられている彼女はたまったもんではない。
「あの森には一度入ったことがあるんですがね、奥へ進もうとすると教団の奴からいろいろうるさいこと聞かれるんですよ。山菜採りに来ただけだって言ってもなかなか聞き入れてくれん。面倒は嫌だからもう行きゃしませんよ」、わたしも言い訳に従事させられているが、「街を北東に出たちょっとさきから湖へのひらけた抜け道があってね。進んでいくと赤みをおびた岩がごろんとしてるところがあって……そこをさらに北へむかえば崖沿いに行けるもんで。あっしがまだ小さいころには、よくそこで遊んでたものですよ。今じゃあのあたりには……いるでしょう? やつらが。最近の子どもたちは南の山すその、ありゃあ湖ってもんじゃないね、水たまりだよね。あのあたりでばかり遊んでいるらしいですわ」、そして、ここいらで装備を一新してくれれば、数値のうえではそれほど苦労しないはず。そうでなければちょっと苦しいのではないだろうか――つまるところ彼女はそれなりに強くて、小久保さんみたいに強くて、かしこくて、小久保さんみたいに、わたしのあこがれの女の子でした。少なくとも三人のパーティに対してひとりでわたりあうんだからそうしないとまずいというか、そこはそういうものだとあきらめてもらわねばなるまい。「へい、いらっしゃい。品揃えには自信がありますよ」、要らないものをひとまず半額で買ってくれたから、お金についてはなんとかなったプレイヤーたちであった。
――告げられたことを、今から端的に申し上げます。あなたは必ず殺されます。わたくしどもにはそれがわかるんです。ただ、そうでないという方法もあるといいます。それができることも、わたくしどものもうひとつの教義なんです。しかし、おそらくあなたはそれをお望みではないでしょう。善行をなすことのできない身体にされ、彼らが来てくれたときだけどうにか思考ルーチンのなかで生かされて、生き残ったかとおもえばなかったことにされて、それでも抗おうとするという、そう理解していますが……
彼女が知るわけはないのだけれど、そのモデルをまったくべつのイベントで起用するという選択肢もあったのだった。いずれにせよそれほどよい役柄ではないとわたしはおもった。まったくべつの街に住み、まったくべつの人生を送っていたのだけれど、ここにも生じる物語の都合でとある女性に恋をし、選ばれず、捨てられ、放っておかれるといった、雰囲気、あくまで雰囲気で――ほかになにも決まっておらず――わたしにはストーリーに関してのなんらの権限もないのだけれど、そんな中途半端でなんの役にも立たない話に力を貸さなきゃなんないよりはよっぽどマシだったのかもしれないけれど、その道であれば彼女は死なずにすんだのかもしれず、明日にはきっといいことだってあるのかもしれないと待っていることにできた――する必要もなかったのだけれど――かもしれないのだった。
どうも北見さんの嫌なところばかり頭に浮かんではいる――そりゃ、いつだってそうだ。これくらいの時期になるとそういうもので、はじめのころは華々しく見えていた数々のアイデアが取捨され選択され現実のものになっていく過程でまずいところばかりが目につくようになった結果北見さんに押し付けるというのは、そりゃそういうもんだから仕方ないじゃないですか。内向きに言えばそれが北見さんの仕事ってところもあるんでしょうね。
――信じた……というわけではないけれど、そうしなきゃいけなく……なってしまったからで……痛いのはいやだけど……抗わせられるのであれば抗わせてほしいという通奏低音がひびいていたから、不自然にそうすることにしたよ。
――そうですか、では、そろそろ彼らがやってきます。来るのであればあらかじめ決まっていたと告げられた時間です。そろそろ出かけたほうがよいのではありませんか?
そろそろ小久保さんがやってきます。そろそろ仕事を再開したほうがよいのではありませんか?
そうして面倒な雑魚を――わたしが――ばったばったとなぎ倒しているうちにローグじみたいでたちをした――……さんだろうか――彼女は今か今かとまちうけて、データのうえでは最初からここにいる、ここにしかいなくて、「おっとここを通ろうというんじゃないだろうね」「抜け道じゃなかったのかよ、面倒だな」「どうしてここを通るのか、言ってもらおうじゃないか」それはかくかくしかじかで、つまりは絵を追っているのだ、「それはわたしが盗ったもの。正当な持ち主のもとへ返しただけだ。きみたちは関係ないだろう、早々に立ち去りたまえ。どうしてもと言うのなら、わたしを倒していくのだな」、関係ないのはお前もだろう、が、しかし、プレイヤーたちはいつだって血に飢えているから、そして挑めば、はじめての手合わせなんかじゃ勝目などない手順を踏み踏み蹂躙しにくる彼女がいたことになる。
ロードされればまたプレイヤーたちはやってくるでしょう。来てくれるといいね。何度目かの一度きりの経験で彼女は死ぬか、それともまたもロードしなおされるのかはしらないけれど、その場所、その時間に、殺されるためにいるだけの彼女は、今もプレイヤーを待っている、場合もある。プレイヤー、プレイヤーたちは、それともこの世界にくることをやめてしまって、友人たちに「あんなもの」とを吹き込んだりもするのだろうか――来てくれるといいね――三週間か一日か数時間かが経過し、ふたたびこのマップにさしかかれば、ほとんど群青、夜に溶け入る太陽の輝きも鮮かに――鮮かにした、そこだけはわたしが自信を持って送り出せるところで、それのみにて済まされる彼女は使い回されまた送り出され、この週末も彼女のために、やっぱり休めなさそうだ。